PAINTWEB 絵画鑑賞・美術鑑賞術

PAINTWEBは深い絵画・美術鑑賞をするために欠かせないイコノロジー、イコノグラフィー(図像学、図像解釈学)等を紹介しています。

イコノロジー(図像学) 初めてのイコノグラフィー(図像学)

2.アトリビュートと擬人像 - Attribute,Allegory

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アトリビュート

イコノグラフィーで絵を解釈する前に、絵画における約束事の形式を少し紹介します。まずはアトリビュート(持物)です。これは、絵画に登場する人物が誰であるのか判断するための基準となる特定の持ち物を言います。これは「巨人のユニフォームで背番号が3番だから、それを着ている人物は長嶋茂雄だろう」と見る人に思わせるのと同じ役目になります。絵画の中でよく出るアトリビュートといえば、キリスト教の殉教者が持つ棕櫚の枝です。棕櫚とはなつめやしの事です。これを持っていると、その人物がキリスト教の殉教者であったのではないか、と推測できます。

●棕櫚

聖アポロニア

スルバラン 「聖アポロニア」

これはスルバランの描いた聖アポロニアという聖人の絵です。聖人とは、カトリック教会が選んだ歴史上特に信仰の篤かった人物です。キリスト教は長い間迫害されていました。聖人にはその信仰を貫き通したことで迫害に遭い、亡くなった人も多く含まれます。この聖アポロニアもその一人でした。

聖アポロニアのアトリビュートは棕櫚とやっとこです。その由来は、彼女は異教の神々に犠牲を捧げる事を拒みその異教の神像を破壊したために、捕らえられてやっとこで歯を抜かれたというエピソードによります。その後彼女は燃える火を前に改宗を強要された際、改宗する事も拒み自ら火の中へ入っていきました。こうして信仰の篤い殉教者として、後に聖人として認められたのです。歯を抜かれたためにやっとこを。殉教者であるために棕櫚の枝を持ちます。ちなみに、日本に学問の神様の天神様等がいるように、聖アポロニアは歯医者の守護聖人なのです。歯痛がする人はこの聖人にお祈りを捧げます。

視覚のみが頼りの絵画では、人物が持つ物によってその人物が誰であるかを見分けます。その持物の事をアトリビュートと言い、鑑賞者はそこから画家のメッセージを読み解くヒントを得ます。棕櫚には殉教者を表す他に、「聖なるもの」「忍耐」などを表す意味もあります。

●百合

受胎告知

ボッティチェリ 「受胎告知」

受胎告知はとても流行した主題です。ボッティチェリだけでなく、ダ・ヴィンチやフラ・アンジェリコ、フィリッポ・リッピなど、とても多くの巨匠が描いています。特にダ・ヴィンチの受胎告知は馴染みも深いと思いますが、説明しやすいのはボッティチェリであるためこちらを選びました。ボッティチェリも当時ダ・ヴィンチと同じ位の人気画家でした。

聖母マリアのアトリビュートとしてマリアの純潔を示す百合があります。マリアの懐妊を伝えるために使わされた大天使ガブリエルが百合を持っていたり、周囲の花瓶に活けられるなどして配置されます。この絵の理解のために、少し長くなりますが受胎告知に関する聖書の内容を載せます。

「六ヶ月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六ヶ月になっている。神にできないことは何一つない。」マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。(新共同訳 「新約聖書」 日本聖書教会)

長くなりすぎましたが、ネットの世界では紙面の都合というものがないので、有名な受胎告知のシーンを詳しくしりたい人がコピーするためにも全部載せてみました。受胎告知のマリアは5つの「賞賛すべき状態」を含んでいると言います。特に最初の4つの状態が絵画でよく登場します。その4つの状態とは、「戸惑い」「思慮」「問い」「謙譲」になります。このボッティチェリの作品では最初の「戸惑い」の状態と言えるでしょう。天使の言葉にマリアは動揺し戸惑っています。他の状態のマリアを描いた作品と言えば、天使の挨拶の意味を思い巡らす「思慮」の状態がフィリッポ・リッピの作品。天使の告知に問い返す「問い」の状態がバルドヴィネッティの作品。謙虚に神の命にしたがう「謙譲」の状態がフラ・アンジェリコの作品に見て取れます。マリアは受胎告知の時、旧約聖書のイザヤ書を読んでいたと言います。マリアの肩のあたりに少し見えている本はイザヤ書でしょう。受胎告知を描く作品はたくさんあるので、知っておくと鑑賞の際にも深く楽しめると思います。

●犬

アルノルフィーニ夫妻
ファン・エイク 「アルノルフィーニ夫妻」

今度はファン・エイクの作品です。ファン・エイクは兄弟揃って有名で、この兄弟が油絵の創始者とも言われています。それ以前にも油絵らしきものはあったようですが、絵画に使える画材として確立させたのがこの兄弟と言われます。ここでは夫婦間の忠誠を表現するために犬を描いています。忠誠や信仰を表すために犬が描かれる事がしばしばあります。他にも犬はディアナやアドニスのアトリビュートして描かれます。

●砂時計

女の三世代

バルドゥング・グリーン 「女の三世代」

砂時計は「死」や「時間」のアトリビュートとなります。この絵では既に骸骨と化した女性が砂時計をかかげています。真ん中の若い女性はそれにも気づかず鏡の中の自分を見ておめかししています。左下には何も知らない女の子が遊んでいます。後ろの老婆だけが迫る「死」に気づき、その死がかかげる時間を拒もうとしています。グリーンは「女の三世代」の名の通り、何も知らずに無邪気に遊ぶ赤ちゃんから、自らの美しさのために迫る時間や死を忘れる若者、老いて死や時間を意識する老婆までの三世代を描いています。

 

擬人像

擬人像とは、ある抽象的なイメージを視覚的に具体化するために約束事に基づいた組み合わせによって描いた人物像などを言います。たとえば先程のバルドゥング・グリーンによる死の擬人像です。「女性にやってくる時間と死」というものは目には見えません。そこで骸骨となった人物に砂時計を持たせる事で、迫り来る時間や死というイメージを表します。擬人像の決まりは実にたくさんありますが、その多くは時計や骸骨のように見ただけでもわかるものもあります。チェーザレ・リーパという人物がこの膨大な数の擬人像を「イコノロギア」という本にまとめました。1593年にABC順にまとめた擬人像の事典のようなものを作り、1603年に挿絵が入りました。中にはその約束事を知らないと何を表現した擬人像であるかわからないものもあるため、擬人像についての知識も学ぶ必要があります。

●自由の擬人像

ローマ時代の貨幣

ローマ時代の貨幣

これはローマ時代に流通していた貨幣です。これは自由の擬人像であると言われています。この女性は手に槍のような武器と帽子を持っています。この擬人像が手に持つ帽子はフリュギア帽と言います。古代ローマでは、奴隷から解放された人物がフリュギア帽を被っていたところから来ました。もう一方の武器には力で自由を獲得したことに由来します。このフリュギア帽と剣や、笏等が自由の擬人像のアトリビュートとされています。

民衆を導く自由の女神

ウジェーヌ・ドラクロワ 「民衆を導く自由の女神」

この作品はドラクロワがフランスの七月革命を描いた作品です。この絵でまず目につくのはフランスの国旗を掲げた女性ですが、戦場には少し不釣合いに思います。実はこの女性も自由の擬人像として描かれているのです。女性は手に剣などの武器の代わりに銃を持ち、頭にはあのフリュギア帽を被っています。ドラクロワは自分が生きた時代の忘れがたい大事件フランス革命を、自由の擬人像である女神に導かれて民衆が自由を勝ち取るシーンとして一枚の絵画に遺しました。

このように持ち物や過去の約束事から、少し見ただけでは知ることのできない物語が名画にはたくさん隠れています。その一つ一つを勉強するのは苦労しますが、その分絵画鑑賞とは簡単に飽きることのない、長い時間をかけて能力が養われる趣味であると言えます。遊園地のアトラクションやテレビゲームのように簡単に楽しめる遊びも良いですが、知識を持ってじっくり味わえる奥の深い遊びとして、絵画の見方を学ぶのもまた楽しいのではないでしょうか。アトリビュートについて知るだけでも絵画鑑賞の世界はずっと広がると思います。







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