PAINTWEB 絵画鑑賞・美術鑑賞術

PAINTWEBは深い絵画・美術鑑賞をするために欠かせないイコノロジー、イコノグラフィー(図像学、図像解釈学)等を紹介しています。

イコノロジー(図像学) 初めてのイコノグラフィー(図像学)

3.イコノロジー(図像解釈学) Iconology

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●パリスの審判

パリスの審判

ルーベンス「パリスの審判」

この作品はバロック時代の代表的な画家ルーベンスの「パリスの審判」という作品です。この典拠はギリシャ神話にあります。女神エリスはある婚礼の宴に1人だけ招かれなかった事に腹を立て、その宴席に「もっとも美しい女神へ」と黄金の林檎を贈ります。すると、神々の王ゼウスの妃ヘラ、戦の女神アテナ、愛の女神ヴィーナスの3人が受け取るにふさわしい者として名乗りをあげました。ゼウスはその困難な審判を避け、トロイアの王子で羊飼いのパリスに選ばせる事にしました。これはパリスが3人の女神を前に、黄金の林檎を渡そうとしている所です。女神達は美しさをアピールする他にも様々な手を使いパリスを買収しようとしました。ヘラは世界の支配権を、アテナは戦勝を、ヴィーナスは絶世の美女を与えるという条件を出します。パリスはヴィーナスに黄金の林檎を与えました。そしてヴィーナスは約束どおり、スパルタの王妃である絶世の美女ヘレネをパリスに与えます。しかし、妻を奪われたスパルタ王は怒り、ギリシアとトロイア間でトロイの木馬で有名なトロイア戦争が始まります。最近映画でトロイという映画がありましたが、その中でパリスは結構な女好きとして描かれていました。その映画ではパリスは情けない王族の次男坊で、主役はあのアキレスです。最後はアキレスの唯一の弱点と言われるアキレス腱を射抜かれて・・・映画の結末を話すのはいけませんね。私は映画も結構好きです。

このパリスの審判について知っていれば登場人物が誰であるか想像するのは簡単です。しかし登場人物はわかっても、それだけではどの人物が誰であるかわかりません。そこで先に上げたアトリビュートが役に立ちます。

まずすぐにわかるのは黄金の林檎を持つ人物です。それだけでもこの人物がパリスであるとわかるでしょう。パリスは羊飼いなので、識別のために羊飼いの杖を持ち、足元には牧羊犬がいます。パリスの後ろにいる男性はヘルメスです。ヘルメスは神々の使者であり、3人の女神をパリスの元に連れてきました。使者であるヘルメスは素早い移動を象徴する翼のついたサンダルと帽子を身につけます。この絵でも帽子に翼がついている事がわかります。ヘルメスが左手に持つ棒は、アポロンからもらった2匹の蛇が巻きついたカドゥケスという魔法の杖です。ヘルメスはこの杖のお返しに竪琴をアポロンに贈りました。

では肝心の3人の女神の見分け方です。識別のコツは主に足元にあります。まず一番手前の女性の足元には孔雀がいます。神々の中でも最高位であるゼウスの妃ヘラのアトリビュートは高貴な孔雀です。手前の女性の足元に美しい孔雀が見えます。愛の女神ヴィーナスのアトリビュートはここではヴィーナスの息子と言われるクピド(キューピッド)です。真ん中の女性の後ろに羽の生えた小さな子供がいるのがわかります。クピドは戯れに愛の矢を放ち、人々を見境なく恋させてしまいます。恋とは気まぐれなものですね。そうなると残った一番奥の女性がアテナという事になります。アテナのすぐ後ろにはアテナを怒らせ争った、蛇の頭のメデューサが刻まれている盾があります。赤い布の垂れる枝の先をよく見ると梟がいますが、これもアテナのアトリビュートです。

こうするとそれぞれの人物を識別することもできます。何も語らない絵画が、注意して観ると多くの物語を語ってくれます。それぞれの登場人物がわかった上でまたその美しさを鑑賞すると、以前より深い味わいを感じます。それぞれの女神に扮した女性達は背面、側面、前面と、美しく魅力的な体をあらゆる方向から余す事なく見せつけます。それぞれの配置や構図もリズミカルでとても見事です。

●ヴィーナスの誕生

ヴィーナスの誕生

ボッティチェリ 「ヴィーナスの誕生」

これはボッティチェリの有名な「ヴィーナスの誕生」という作品です。貝殻に乗った美しい女性のイメージは誰もが見た事があるでしょう。ヴィーナスの横には花が舞っています。これはヴィーナスのアトリビュートである薔薇の花です。ヴィーナスは母親から生まれたのではなく、天の神ウラノスから切り取られた陰部が海に落ち、その時の泡から生まれ出ました。まずはヴィーナスの誕生の元になった話から始めます。

さて 彼(クロノス)が父の陰部を鋼鉄(鎌)で刈り取って 陸地から 大浪うねる海原へと投げ棄てるや それは久しい間 海原の面に漂うていた そのまわりに 白い泡が不死の肉(ししむら)から湧き立ち そのなかで ひとりの 乙女が生い立った。まずはじめに乙女は いとも聖いキュテラに進まれ そこから四面を海の繞るキュプロスに着かれた。畏く美しい女神が陸に上がりたまえば そのまわりに 柔草が萌え出るのであった 優しい足元で。彼女をアプロディテと(すなわち泡から生まれた女神アプロディテ 麗しい花冠つけたキュテレイアと)神々も人間どもも呼んでいる。泡(アプロス)のなかに生い育ったのだから。またキュテレイア(と呼ぶの)は キュテラに立ち寄ったからで キュプロゲネス(と呼ぶの)は 大浪うねるキュプロスで生まれたから またピロンメデス(と呼ぶの)は 陰部(メドス)から現れ出でたからである。

このように絵の主題となっている物語を典拠と言います。この典拠から、このシーンはヴィーナスがキュプロスの島にたどり着いた所だとわかります。女性から生まれたのではなく、父親からじかに生まれたという事は、ヴィーナスの高貴さを示しています。その高貴な天上の神ヴィーナスに、右にいる地上の花の衣をまとった女性がやはり地上の花の柄をした衣を着せようとしています。このことが天上の存在が地上に舞い降りる様子を描いていると解釈できます。左にいる男女は西風のゼフュロスとその恋人のクロリスです。二人は抱き合って快楽を表現しています。愛の女神でもあるヴィーナスはこの風に吹かれてキュプロス島に着きました。

●メレンコリア

メレンコリア

アルブレヒト・デューラー 「メレンコリア」

この作品を描いたデューラーはイコノグラフィーを多用した作品を多く遺しています。このメレンコリアにはとてもたくさんの要素が描きこまれています。しかしこの絵に関する解釈はとても難解で、多くの研究家もこの絵についての研究書を発表しています。この作品の場合、明白なアトリビュートなどから意味を解釈するイコノグラフィー的解釈よりも、描かれた物やその時代背景などから画家のメッセージを推測するイコノロジー的解釈が主と言えるかもしれません。

この作品を知る重要な手がかりが四大元素という考えです。ギリシア人の自然哲学では、宇宙は四つの元素からなり、人間も四つの体液を持つと考えられていました。そして、その体液によって人の行動や気質が決定されると考えられています。この四大元素と四つの体液や四気質等の関係は以下になります。

空気  血液 春 幼年 多血質

火 黄胆汁 夏 青春 黄胆汁質

水 粘液 秋 壮年 粘液質

土 黒胆汁 冬 老年 憂鬱質

ピタゴラスやエンペドクレスという哲学者によって、宇宙から人間にいたるまでの全てが四大元素によって理論的に説明されました。コウモリが持つメレンコリア1の文字からわかるようにこの作品は憂鬱質を表しています。肘をつき考え込む人物は憂鬱質の擬人像です。腰のベルトから下がる鍵と財布は伝統的な憂鬱質のアトリビュートです。また、アラビアの学者によって人間の気質は星に支配されているという占星術の理論が完成されました。多血質と木星ユピテル、黄胆汁質と火星マルス、粘液質と月または金星ヴィーナス、そして憂鬱質は土星サトゥルヌスです。憂鬱質の人のように、土星に支配された人間は土の中心に向かうように思索に向かいます。そのことから憂鬱質の人間は知的労働に向いていると考えられました。また、土に支配された人間は孤独で瞑想を好むという特質を最大限に利用し、結果的に精神の偉大さにおいては人の物質界を超え、もっとも高い精神の世界へと逆転の位置を得られると考えられました。憂鬱質の擬人像は翼を持ち、後ろには上昇するための梯子がかかっています。後ろにある四角形に描かれた数字はどこから足しても34という数字になる魔方陣です。手に持つコンパスや後ろの天秤などは、幾何学などの学問に関わる知的職業を表します。そうした人々は内省的であることから憂鬱質の擬人像のアトリビュートとされました。砂時計は憂鬱質の人間が死を意識することによります。後ろの多面体は未だに謎とされています。「イコノロジー研究」を書いたパノフスキー説としては遠近法の暗示という話ですが、はっきりとはしていません。

●モーセの試練

モーセの試練

ボッティチェリ 「モーセの試練」

 

今までの流れと少し変わりますが、今度は物語画の見方について書きます。古典絵画には絵のジャンルによって明確なランク付けがありました。一番高尚とされたジャンルが歴史画になります。歴史画とは、その名の通り歴史を描いたものや、神話や宗教を主題とした物語を含む絵画を言います。その下に肖像画があり、静物画、風俗画、風景画などと続きます。このようなジャンル分けは15世紀イタリアで明確に意識され始め、17世紀フランスで体系化されて制度的な保証を得て、18世紀までその体制は揺るぎないものとして存在しました。歴史画の特徴は、物語と調和した形で各部分が緊密に結び合わされた構図を有している事。描かれるものが色々なポーズをした人物から、動物や建物や風景など豊富で多様である事。描かれた人物に感情がある事が求められました。つまり、歴史画は肖像画や静物画や風景画など、その全てを会得した画家のみが描ける高度な絵画であったのです。

このボッティチェリの「モーセの試練」は、モーセの生涯の一部を描いた物語画(歴史画)です。モーセはエジプトでイスラエル人の元に生まれましたが、エジプト人はイスラエル人が増える事を好ましく思いませんでした。そのため、エジプト王はイスラエル人に男子が生まれたら殺せ、という命令を下します。そのためモーセの母はモーセを泣く泣く川に流しました。ところがモーセは、エジプト王の娘と侍女達に拾われてエジプトの宮廷で育ちました。さらに、その子の乳母として選ばれたのがまさにモーセの母その人だったのです。

絵の中で語られる物語は次のようになります。王宮で立派に成長したモーセは、イスラエル人を虐待していたエジプト人を怒りのあまりに殺してしまいます。これが一番右で黄色い服を着た人物が剣を振りかざしているシーンです。画中で黄色い服の人物は全てモーセです。その事件が元で彼はミデヤンに逃れて羊飼いとなりました。真ん中の二つの場面は、ミデヤンの祭祀エテロの娘達が羊に水を飲ませようとして羊飼い達に邪魔され、それをモーセが阻止する場面です。その後羊達に水を飲ませてやっています。そしてモーセは燃えているのになかなか燃え尽きない柴を見つけます。何だろうと近づくモーセに神は履物を脱ぐように命じて語りかけます。「モーセよ。私はイスラエル人を救い出し、カナンの地へ連れ戻したい。行って人々を導くがよい」。画面の上部には履物を脱ぐモーセと燃える柴の中にいる神からお告げを受けるモーセが描かれています。最後に一番左にはイスラエル人を導きエジプトを脱出する様子が描かれています。

このように一枚の絵に同じ人物が何度も登場する描き方を「異時同図法」と言います。現代では漫画がコマ割りを使って絵によるストーリーを物語っていますが、この時代は1枚の絵の中でもストーリーが物語られているというのが興味深いと思います。

こうやって絵の見方を学んでいくと、様々なメッセージに気づくことができます。イコノグラフィー・イコノロジーに関する紹介は以上になりますが、今後も時間のある時に少しずつ紹介する作品を増やしていこうと思います。この記事を読んで興味を持って頂いた方のために、より深くイコノグラフィーを学べるよう、参考文献を紹介します。ぜひ読んでみてください。







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